神戸地方裁判所 昭和22年(ワ)205号 判決
原告 井之口政雄 外一名
被告 新明和興業株式会社
一、主 文
被告は、原告井之口政雄に対し金二五〇、〇〇〇円、原告柴田恒に対し金二三〇、〇〇〇円、及びそれぞれこれに対する昭和二二年一〇月二日から支拂ずみまで年五分の割合による金員を支拂え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、担保として、原告井之口政雄において金五〇、〇〇〇円、原告柴田恒において金四〇、〇〇〇円を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告ら訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、請求原因として、次の通り述べた。
(一)原告井之口政雄は井之口三男の父、原告柴田恒は三男の母であり、被告会社は、企業再建整備法により、特別経理会社川西航空機株式会社(後に商号を新明和興業株式会社と変更)甲南工場の事業を承継し、自動車の製作、修理等の業務を行う会社である。
(二)川西航空機株式会社の被用者岡本明は、昭和二二年五月一三日午後五時頃、右工場内で、同会社の事業に属する自動車の制動機試驗を行うに当り、その操縦する「GMC」第二四一号貨物自動車を、同所で修理自動車の後部泥除けの取付作業に從事中であつた三男に、後方より衝突させ、これがため、三男は腦底骨折、下腹部及び大腿裂創を蒙り、同日午後五時三〇分頃死亡した。
(三)しかして、整備係員乃至予備檢査係員は、さきに前記「GMC」第二四一号貨物自動車の制動機試驗に際し不良の箇所を指摘され手直しを求められたものであるから、殊に整備及び予備檢査を嚴にし、試運轉を行つても危害の発生せざるよう周到の注意を拂う義務があるのにかゝわらず、これを怠り、「マスターシリンダー」と「ブレーキロツト」の「接手ピン」に「割ピン」を忘れ、また試運轉にあたるものはその檢査場は幅員僅か一五米にすぎず、その北側には防空壕、水溜等があり、その南側は作業場に接続し、同所では他の從業員が作業中であり、しかも、前方三〇米の地点には整備完成車が停車中であるから予め周到の注意をもつて修理箇所の檢査を遂げ、且試運轉中にたとえ制動機に故障が生じても、危害の発生せざるよう臨機の措置を講ずべき義務があるのにかゝわらず、操縱者岡本は制動機の整備が未だ不完全であるのを看過し、慢然試運轉をはじめたのみならず、約一五米進行してはじめて制動機の異常を発見したが、臨機の措置を講ぜず、これがため本件事故を惹起するに至つたのである。だから使用者である川西航空機株式会社從つてその債権債務を承継した被告は、その被用者らの過失に基く右事故による損害を賠償する義務あるや勿論である。
(四)三男は大阪府立淀川工業学校、神戸工業專門学校機械科本科を卒業し、昭和二二年四月初旬より川西航空機株式会社に工員として入社したものであるが、本件事故発生当時満二二年九月余の普通健康体を有する男子であるから、内閣統計局の生命表によればその將來の生存年数は三九年を下らず、從つてその間労働することが可能であつた。また当時はインフレーシヨンの進行中で名目賃金の上昇過程にあり、收入の増加は容易に予測し得たし、その増加した收入を確実に取得し得た筈である。しかして、三男の当時の月收は一、〇〇〇円余にすぎなかつたが、右の事情により、昭和二二年五月から一二月までは月三、〇〇〇円、同二三年から五九年までは少くとも月八、〇〇〇円以上の收入を得べかりしものであり、三男自身の生活費はその收入の六割を占めていたからこれを控除したものが、三男の死亡によつて生じた財産的損害であるが、中間利息を年五分として「ホフマン」式計算法により事故当時における一時拂額に換算すれば、金七八五、九二二円九二銭となる。原告らは、三男の死亡により均分にその遺産を相続したから、本訴においてそれぞれその内金二〇〇、〇〇〇円を請求する。
(五)また本件事故当時は、三男が漸く学校を卒業して社会に一歩を踏み出した際とて、原告らの同人の將來に期待するところは格別大きなものがあつた折柄、突如その不慮の死にあつたことゝて原告らの蒙つた精神上の苦痛はけだし甚大なものがある。被告は右苦痛を慰藉するため原告らに相当の慰藉料を支拂う義務がある。しかして、その額は、諸般の事情からして、原告井之口に五〇、〇〇〇円、原告柴田に三〇、〇〇〇円が相当である。
(六)そこで、原告は、右金員並にそれぞれこれに対する訴状送達の日の翌日にあたる昭和二二年一〇月二日から支拂ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支拂を求める。
なお、原告ら訴訟代理人は、被告の答弁に対し、原告井之口が被告主張の日時、政府より厚生年金としてその主張の金員を受領したことは認めるが、その余の事実は爭う、と述べた。
被告訴訟代理人は、原告らの請求はこれを棄却する、訴訟費用は原告らの負担とする、との判決を求め、答弁として次の通り述べた。
(一)原告主張事実中、(一)及び(二)記載の事実、並に井之口三男の学歴、事故発生当時の月收、並に收入中生活費用の占める割合が原告主張の通りであることは認めるが、その余の事実は爭う。
(二)川西航空機株式会社は、被用者である岡本明らの選任及び監督について相当の注意を拂つていたから、被告には損害賠償責任はない。
(三)仮に損害賠償責任ありとするも
(1) 岡本は「GMC」第二四一号貨物自動車の本檢査をするに当り衝突場所から約三〇米離れた地点より、進路を東南約三〇度、時速約一〇哩で前進し約一五米進行した際、制動機を試驗するため「ペタル」を踏まんとしたが、「ペタル」が床板に落ちているのを発見し、前方七、八米のところに整備完成車が停車していたので、直ちに手制動機を引きつゝ「ハンドル」を右にきり、「危い危い」と叫びながら、「GMC」第二一七号車と完成車との間を進もうとしたところ、不幸前車に衝突し、同車の後部泥除け取付作業中の三男に負傷させたものであるが、三男と並んで作業中の工員橘政太郎は大声を聞くと同時に身をかはしたので微傷だに負はなかつたのであるから、三男も少し注意さえすれば、身をかわせた筈である。從つて、被害者三男にも過失があつたのであるから、損害賠償額の算定について斟酌さるべきものである。
(2) また、原告井之口は、昭和二四年三月、三男の死亡により厚生年金保險法に基く一時金二一、六〇〇円の支拂を受けているから、損害額からこれを控除しなければならない。
(3) のみならず、川西航空機株式会社が被用者の選任監督について相当の注意を拂つていたことは、原告柴田と三男との親疎関係とともに、損害賠償額の算定について斟酌さるべきものである。<立証省略>
三、理 由
原告主張事実中、(一)及び(二)記載の事実は当事者間に爭がなく、成立に爭のない甲第三、第五号証、事故現場の写眞であること当事者間に爭のない乙第一、二号証、証人岡本明及び桂芳雄の各証言、並に檢証の結果を綜合すれば、川西航空機株式会社の被用者である工員岡本明は「GMC」第二四一号貨物自動者の檢査をなすに際し、その檢査場は幅員南北一〇、五米にすぎず、前方(東)約三〇米余の地点には整備完成車が停車中であり、檢査場の北側は防空壕、水溜等があり、その南側は作業場に接続し、同所では他の作業員が作業中であるところただ右自動車の制動機を足で踏んで檢査したのみで、その整備が未だ不完全であるのを看過し、慢然試運轉をはじめ、約一五米進行した際はじめて制動機の異常を発見し、慌てゝ手制動機を引きつゝ、停車中の完成車との衝突をさけるべく「ハンドル」を右にきつたため、本件事故が惹起したことが明かである。しかして右の如き狹隘な場所において運轉による自動車の整備檢査をなすものは、予め「エンヂン」制動機その他全般の檢査を遂げ危害の発生せざるよう万全の措置を講ずべき義務があること條理上当然であるから、これを懈怠し制動機の整備の不完全であることを看過した操縱者岡本に、過失があつたものと解すべきである。
被告は川西航空機株式会社において被用者岡本の選任監督について相当の注意をなしたから、本件事故について責任がないと抗爭するが、その選任監督の方法について具体的な主張がないのみならず、右の主張事実を認めるにたる資料もないから、その主張は採用できない。
よつて、川西航空機株式会社從つてその債務を承継した被告がその被用者の過失により、被害者三男及びその父母である原告らに加えた損害を賠償すべき責任あるや勿論である。
そこで損害額について考察する。三男が原告主張通りの学歴を有することは被告の認めるところであり、成立に爭のない甲第一号証及び前掲証人桂の証言によれば、三男は当時満二二年九月余の普通健康体を有する男子であることが明かであるから、その將來の生存年数が三九年を下らないことは内閣統計局第六表(日本人死亡率並に平均余命表)(記録編綴)により明かであり、その間労働することが可能であると推定すべきである。しかして、本件事故当時、三男の月收が一、〇〇〇円余であつたことは当事者間に爭がないが、成立に爭のない甲第七号証、証人小島岩根(第二回)及び佐川與一の各証言によれば、三男と同じ学歴を有し同じ頃川西航空機株式会社に工員として入社した小島の手取收入は、昭和二二年五月より一二月までは合計金一四、五三九円七五銭、昭和二三年一月より一二月までは合計金五九、七六三円五四銭、更に昭和二四年一月以降は毎年金九六、〇〇〇円を下らないことが明かであるから、他に特別の事情の認められない以上、三男も右と同額の收入を取得し得たものと解するのが相当であり、かつ当時はインフレーシヨンの進行中で名目賃金の上昇過程にあつたことは当裁判所に顕著であるから当時右の程度の收入の増加はこれを予測し得たし、その増加した收入はこれを確実に取得し得たものと推断できる。原告は昭和五九年までの三男の收入をその得べかりし財産的利益として請求しているが、三男の生活費がその手取收入の六割を占めることは当事者間に爭がないから右の割合による金員を控除し、更に中間利息年五分をホフマン式計算方法により事故当時の一時拂額に換算すれば、金七五七、〇〇七円六七銭となる。しかして、前掲甲第一号証によれば、原告らは三男の遺産を均分に相続したものであることが明白であるから、それぞれ右金額の半額の債権を承継したものである。もつともその後昭和二四年三月原告井之口は三男の死亡により厚生年金保險法に基づく一時金二一、六〇〇円の支拂を受けたことは当事者間に爭がないから、これは控除さるべきである。次に原告井之口は三男の父原告柴田は三男の母であり、三男は漸く昭和二二年三月神戸工業專門学校機械科本科を卒業して川西航空機株式会社に工員として入社し、社会え第一歩を踏みだしたものであることは当事者間に爭がなく、原告ら本人訊問の結果によれば、原告らが三男の死亡により精神上多大の打撃を蒙むつたことは明白である。ただ被告は原告柴田と三男との親疎関係を云云し、証人兼島周子及び原告ら本人訊問の結果によれば、原告柴田は三男が三歳の頃原告井之口と離別し、その一一才の頃三男を原告井之口の姉兼島に引渡しその後会つたことさえないことは明白ではあるが、同証拠によれば、原告柴田は井之口と離別後三男を連れて実家に帰つたものの、元來井之口との結婚は親の反対を押し切つてしたものであるので実家に落着くこともできず、再び三男を連れて姉を頼りに上京し、会社に勤める傍ら編物の内職により得た收入等で僅かに三男を養育していたところ、三男が学齢に達したので祖母にこれを託し單身東京に留まり養育費を送つていたが、原告井之口から強い要求があつたので、やむを得ず三男を手離したこと、及び原告はその頃再婚し、三男を引取つた兼島えの義理から、三男が一人前になるまではと会うことを愼しみ、たゞ文通の間に三男と再会の日もあることをしたゝめ、その日の近ずくのを愉しみにしていたことも認められる。以上の諸事実を綜合すれば原告らの蒙むつた精神上の苦痛に対する慰藉料としては、原告井之口につき金五〇、〇〇〇円、原告柴田につき金三〇、〇〇〇円はいずれも相当である。なお、被告は被害者三男にも過失があつた旨主張するが、これを認むべき資料がないから、被告の右主張は採用しない。
してみれば、被告は、原告らに対し、その相続した財産上の損害賠償請求権中その請求する金二〇〇、〇〇〇円及び前記慰藉料、並にそれぞれこれに対する訴状送達の日の翌日であること明かな昭和二二年一〇月二日以降その支拂済まで、民法所定年五分の遅延損害金を支拂う義務がある。
そこで、原告らの請求は全部正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九條、仮執行の宣言について同法第一九六條を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 古川静夫 中島誠二 保津寛)